姿は似せがたく、意は似せやすし 小林秀雄さん(こばやし ひでお、1902年4月11日- 1983年3月1日)が取り上げた本居宣長さん(もとおり のりなが1730年6月21日-1801年11月5日)の言葉。

思うことは似せ(にせ)やすいが、言葉は似せにくい。

福田恆存さん(ふくだ つねあり、1912年8月25日 – 1994年11月20日)が書き、小堀桂一郎さん(こぼり けいいちろう、1933年9月13日 – )がそれを継続しておられる文学、を感じます。

言葉は、民族の文化そのものです。

思いはみな、言葉にせずとも、なんとなく感じています。 それを言葉にすることは、ほんとうにむずかしい。話し言葉では不十分。辞書を引き、推敲に推敲に重ねなければ、言葉で思うところを正確に伝えることはできません。 話し言葉で文章を書くという、浅(あさ)はかな現代国語は改めたい。といっても、すでに失われているのです。 やまとことば、後鳥羽上皇と藤原定家さんは武士が台頭するなか、やまとごころの文化(和歌)をなんとか残そうとして新古今和歌集を編纂し、小倉百人一首を編纂し、おかげさまで、その国風文化を愛する心を民族な中に生み出しています。

本居宣長さんも、儒教と仏教のいけないとこばかり目立つような時代に、やまとごころを仕事の合間に残す著作をされ、小林秀雄さんが受け継いだのです。

広告とは、その商品の本質を間違えなく伝えることです。やはり、骨の折れる仕事ですし、生産者・製造者の心を伝える大事な仕事だと思います。

このことの、大切さと、難しさを常に感じます。